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新聞掲載記事

更新:2005/07/29

外国の特許制度

 近年、知的財産への関心が高まりを見せています。中小企業や個人の方も、特許を出願して自らの発明を保護、活用する重要性を感じているのではないでしょうか。その場合、日本国内だけで製造、販売を行い、国内市場の利益だけを保護するのであれば日本に出願すれば十分です。しかし、製品の輸出や外国での製造、販売を予定している場合には、その外国にも出願しておく必要があります。なぜなら、特許権の効力は各国の領域内においてのみ認められるからです。
 特許制度は各国によって異なります。特許制度の国際的調和が議論されていますが、統一的な特許制度はなかなか望めそうにもありません。例えば、世界各国が先願主義(同一発明を出願したときに最も早く出願した者に権利を付与する制度)を採用しているのに、米国だけが先発明主義(同一発明を出願したときに最も早く発明した者に権利を付与する制度)を採用しています。社内で特許戦略を練る場合には、こうした各国の特許制度の違いを正しく理解することが重要となります。現在、米国では先願主義への移行や異議申立制度の導入を盛り込んだ特許法の改正法案が提出されており、今後は米国の特許法改正の動向にも注意が必要です。
 そこで、今回は、入社後はじめて外国特許出願を担当することになった新人N君とベテランの先輩S氏との会話を通して外国特許制度を勉強してみましょう。

(先発明主義と先願主義的規定)
新人N君:Sさん、課長からこの工作機械の発明を米国に出願するように言われたのですが…。

先輩S氏:米国だけに出願すればいいの?

新人N君:はい。この工作機械は米国だけに輸出する予定です。

先輩S氏:この発明について日本出願していれば、その出願日から1年以内にパリ条約の優先権を主張して米国に出願すればいいよ。まだ、1年は経過していないね?

新人N君:日本出願からちょうど7ヶ月経ちました。でも、米国は先発明主義なので、発明日さえ立証できればその発明日を基準に新規性を判断してもらえますよね?

先輩S氏:原則はそうだけど、純粋に先発明主義を貫くと慌てて出願する必要がないため、発明から出願までの期間が長期化してしまうんだ。そのために、米国の新規性の規定には、早期の米国出願を促すための先願主義的な規定もあるんだよ。

新人N君:先願主義的な規定って?

先輩S氏:例えば、米国や日本の刊行物にその発明を掲載したり、米国でその発明に係る製品を販売した場合には、その日から1年以内に米国に出願しないと新規性を失って米国特許出願は拒絶されてしまうんだ。

新人N君:日本出願に基づいて優先権を主張していても駄目ですか?

先輩S氏:駄目だね。優先日は関係ないよ。

新人N君:そうですか。でも逆に考えると、米国では出願前の1年以内であれば、発明に係る製品を米国内で使用したり販売しても新規性を失わないとも言えますね。

先輩S氏:そうなんだ。これに対応するわが国の制度は知ってるね?

新人N君:新規性喪失の例外という規定です。でも、日本の規定では、試験、刊行物への発表、研究集会での発表、博覧会への出品など理由が極めて限られていました。製品の販売は救済されません。それに、これらの行為から6ヶ月以内に出願する必要があります。

先輩S氏:そうだね。ヨーロッパ特許条約(EPC)にも同様な規定があるけど、日本よりもさらに制限的な規定になってるんだ。

(発明日の認定)
新人N君:ところで、先発明主義の米国では発明日はどのように認定されるのですか?

先輩S氏:発明を着想してから実施化に向けての努力を継続して発明品を製造した場合、発明の着想日まで遡って発明日とすることができる。
 しかし、実際には複雑な規定となっており、発明者は、少なくとも発明の着想、現実の実施化、実施化に向けた継続的努力に関する証拠を保持しておく必要があるんだ。

新人N君:日常の研究や開発では、具体的にどのような点に注意すればいいですか?

先輩S氏:米国出願の可能性のある技術開発においては、発明の着想日、試験や試作品の製作日などが分かるように、日々の研究開発成果を綴じ込み式のノート(ラボノート)に記載して、上司のサインを受けておくといいね。

(先願未公開出願の効果)
新人N君:課長から言われた工作機械の発明の件ですが、まだ実施も公表もしていないし、優先期間の1年が経過するまでには5ヶ月もありますからまだ十分な余裕がありますね。

先輩S氏:そう安心もしていられないよ。

新人N君:えっ。なにか忘れていますか?優先権を主張しているから、日本への出願日と米国への出願日との間に出願された他の出願によっては拒絶されることはありませんよ。

先輩S氏:うん、拒絶されることはないね。でも、わが社の米国出願が他人の米国出願を拒絶する効果、つまり後願排除効も考えないといけないね。

新人N君:後願排除効といえば、日本の特許制度ではダブルパテントを防止する先後願の規定の他に拡大された先願の地位という規定があります。えーっと、先願の特許出願の明細書全体に記載された発明と、後願の特許出願に係る発明(クレームに記載された発明)とが同一の場合、後願の特許出願時に先願の特許出願が公開されていなくても、その後公開されれば後願の特許出願を拒絶できるという規定ですね。

先輩S氏:そうだね。米国の場合には発明日と他人の米国出願日との関係になるけど、類似の規定がある。でも、優先日の取り扱いが日米で違ってるんだ。

新人N君:日本では、優先権主張を伴う先願の特許出願は、その優先日以降にされた日本出願に対して後願排除効を持つとされていますね。

先輩S氏:EPCもそうだよ。でも、米国では、優先権主張を伴う先願の特許出願は、その優先日ではなく実際の米国出願日以降にされた米国出願に対してのみ後願排除効を持つんだ。だから、日本を含む外国の出願人は、米国で他社の特許出願に対する後願排除効を早く得たいのであれば、1年の優先期間内だからといって安心せず、なるべく早く米国に出願すべきだね。これについては、わが国も米国に対して制度の改善を求めているんだ。

新人N君:そうですか。それでは、急いで米国出願の準備を進めます。

先輩S氏:そうそう、もう一つだけ言っておこう。米国では、先願未公開出願は新規性だけでなく非自明性についての引用例としても使われるんだ。複数の先願未公開出願同士を組み合わせることにより他人の米国出願が拒絶されることもある。

新人N君:非自明性とは日本の進歩性に相当する特許要件ですね。日本では、先願未公開出願が進歩性の引用例として使われることはありません。

先輩S氏:EPCも日本と同じだよ。それから、米国では先願主義への移行などを盛り込んだ特許法の改正法案が提出されているので、その動向にも注意すべきだね。

新人N君:ありがとうございました。外国の特許制度についてもっと勉強してみます。

弁理士 堀江 真一