「応用美術」という言葉をご存知の方はそれほど多くないと思いますので、まずそれから説明します。美術は、
純粋美術と応用美術に分けることができます。一般的には、絵画、版画や彫刻などの純粋美術に対立する概念が
応用美術であるといわれています。著作権について規定する著作権法には「応用美術」という言葉がありません。
ここでは、美術を実用品に応用したものであり、実用的な価値(実用性)を純粋美術よりも高めたものが応用美
術であると考えていただければよいと思います。実用品のデザインがその一例です。
絵画などの鑑賞性が高い美術品、つまり純粋美術の美術品は著作権法で保護されます。著作権法では「思想又
は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物として定義
しており(2条1項1号)、純粋美術の美術品はこのような著作物性の要件を充たすからです。
では、応用美術は著作権法で保護されるのでしょうか。美術品のカテゴリに含まれながらも応用美術にも含ま
れるものに美術工芸品があります。美術工芸品は、実用性を備えかつ鑑賞性を重視した美術品であり、仏像や装
身具など一品制作や少量生産のものがその例です。美術工芸品は、純粋美術には含まれませんが、著作権法には
美術の著作物に「美術工芸品」を含む規定があるため(2条2項)、著作権法で保護されます。しかし、応用美術
の作品=美術工芸品ではありません。そこで、美術工芸品以外の応用美術が著作権法で保護されるのか(著作権
が発生するか否か)が裁判などで問題になることがあります。
応用美術は、工業的に量産され実用品として日常的に使用されるものも多いことから、鑑賞性よりも実用性を
重視する傾向にあります。例えば、家具や人形などです。そのため、裁判においては、応用美術が美術工芸品か
ら除外されることが多々あります。工業的に量産されるものは、著作権法ではなく、工業製品のデザインを保護
する意匠法で保護すべきであるという考え方があり、また著作権法と意匠法の重複適用を緩くすると、意匠法の
存在意義がなくなりかねないからです。
応用美術に関する著作権の侵害事件では、当事者の主張内容にもよりますが、著作権法と意匠法の重複適用の
可否のほかに、係争対象物が高い芸術性(高度な創作性)を備えているか、係争対象物に純粋美術と同じように
美術品としての鑑賞性があるか、などの観点から、係争対象物(応用美術)が著作物であるか否かについて、裁
判で争われる場合があります。応用美術は、家具や人形など美術を表現する対象物の性質によって鑑賞性や実用
性の度合いが異なり、応用美術を著作物と認めて著作権法で保護するか否かを一律に判断することが難しいから
です。このような応用美術の著作物性の問題は、これまで「仏壇彫刻事件」、「Tシャツ事件」、「ニーチェア
事件」などの様々な著作権侵害事件において、上記観点などを基準に裁判所で審理されてきました。
ところが、昨年4月14日、知的財産高等裁判所において従来の判断基準とは異なる基準を採用した判決が出さ
れました(TRIPP TRAPP事件)。判決では、著作権法2条2項の「美術工芸品」は、美術の著作物の例示であり、
美術工芸品に該当しない応用美術でも著作物の定義規定(2条1項1号)の要件を充たすものは「美術の著作物」
として著作権法で保護されるべきである点と、高度な創作性の判断基準を応用美術に一律に適用するのではなく、
個別具体的に作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである点、などが示されました。従来の判断基
準よりも応用美術の著作物性についてのハードルが低くなっています。この新たな判断基準が他の裁判に及ぼす
影響について、今後、注目が集まりそうです。
弁理士 澤田 高志
純粋美術と応用美術に分けることができます。一般的には、絵画、版画や彫刻などの純粋美術に対立する概念が
応用美術であるといわれています。著作権について規定する著作権法には「応用美術」という言葉がありません。
ここでは、美術を実用品に応用したものであり、実用的な価値(実用性)を純粋美術よりも高めたものが応用美
術であると考えていただければよいと思います。実用品のデザインがその一例です。
絵画などの鑑賞性が高い美術品、つまり純粋美術の美術品は著作権法で保護されます。著作権法では「思想又
は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物として定義
しており(2条1項1号)、純粋美術の美術品はこのような著作物性の要件を充たすからです。
では、応用美術は著作権法で保護されるのでしょうか。美術品のカテゴリに含まれながらも応用美術にも含ま
れるものに美術工芸品があります。美術工芸品は、実用性を備えかつ鑑賞性を重視した美術品であり、仏像や装
身具など一品制作や少量生産のものがその例です。美術工芸品は、純粋美術には含まれませんが、著作権法には
美術の著作物に「美術工芸品」を含む規定があるため(2条2項)、著作権法で保護されます。しかし、応用美術
の作品=美術工芸品ではありません。そこで、美術工芸品以外の応用美術が著作権法で保護されるのか(著作権
が発生するか否か)が裁判などで問題になることがあります。
応用美術は、工業的に量産され実用品として日常的に使用されるものも多いことから、鑑賞性よりも実用性を
重視する傾向にあります。例えば、家具や人形などです。そのため、裁判においては、応用美術が美術工芸品か
ら除外されることが多々あります。工業的に量産されるものは、著作権法ではなく、工業製品のデザインを保護
する意匠法で保護すべきであるという考え方があり、また著作権法と意匠法の重複適用を緩くすると、意匠法の
存在意義がなくなりかねないからです。
応用美術に関する著作権の侵害事件では、当事者の主張内容にもよりますが、著作権法と意匠法の重複適用の
可否のほかに、係争対象物が高い芸術性(高度な創作性)を備えているか、係争対象物に純粋美術と同じように
美術品としての鑑賞性があるか、などの観点から、係争対象物(応用美術)が著作物であるか否かについて、裁
判で争われる場合があります。応用美術は、家具や人形など美術を表現する対象物の性質によって鑑賞性や実用
性の度合いが異なり、応用美術を著作物と認めて著作権法で保護するか否かを一律に判断することが難しいから
です。このような応用美術の著作物性の問題は、これまで「仏壇彫刻事件」、「Tシャツ事件」、「ニーチェア
事件」などの様々な著作権侵害事件において、上記観点などを基準に裁判所で審理されてきました。
ところが、昨年4月14日、知的財産高等裁判所において従来の判断基準とは異なる基準を採用した判決が出さ
れました(TRIPP TRAPP事件)。判決では、著作権法2条2項の「美術工芸品」は、美術の著作物の例示であり、
美術工芸品に該当しない応用美術でも著作物の定義規定(2条1項1号)の要件を充たすものは「美術の著作物」
として著作権法で保護されるべきである点と、高度な創作性の判断基準を応用美術に一律に適用するのではなく、
個別具体的に作成者の個性が発揮されているか否かを検討すべきである点、などが示されました。従来の判断基
準よりも応用美術の著作物性についてのハードルが低くなっています。この新たな判断基準が他の裁判に及ぼす
影響について、今後、注目が集まりそうです。
弁理士 澤田 高志