十年来この店の「鳥あえずセット」は「瓶ビール+鳥料理2品」だったのですが、注文客が思った以上に少なく、店主としても全く思惑外れ。店主いわく『お客さんの2~3割は、鳥あえずセットを注文すると思ったんだけどねぇ…』。店主は続けて『最近じゃ殆どのお客さんがフルコースを注文するもんだから、造るのが大変でさぁ。料理出すまでの時間も長くなっちゃって、良く叱られますわ…』。
数人の常連客に聞いてみると、『今の鳥あえずセットには何か魅力を感じないんだよね、もう少し魅力が増せばときどき注文するんだけど…。』という意見が大半。店主はいっそこのセットをメニューから外そうかと思いましたが、悩んだ挙句、セットの内容を見直すことを決心。『よし、これからは内容をグレードアップした「ニュー鳥あえずセット」で行ってみよう!』。
さて、前ふりが少々長くなりましたが、上記のたとえ話は、今回の実用新案法の改正の経緯を簡単に表したものです。ここでのキーワードは、(1)「名古屋コーチンフルコース」、(2)「鳥あえずセット」、(3)「店主」、(4)「お客さん」ですが、それぞれ何の比喩だと思いますか?(1)が特許制度あるいは特許権、(2)が実用新案制度あるいは実用新案権、(3)が特許庁、(4)が各制度の利用者、というのがその答えです。
実用新案制度は技術的に高度ではない小発明(考案)に実用新案権を与えることで、短ライフサイクルの考案を早期に保護することを目的としています。実用新案制度は十年ほど前に一度大きく見直され、平成6年1月1日以降の出願については、簡単な形式審査をパスすれば出願から約半年後に実用新案権が付与されるようになりました(無審査登録制度の採用)。その分、権利期間は出願から6年とかなり短めに設定されています。
実用新案制度は従来どの程度利用されてきたのでしょうか?実用新案の年間出願件数は、それでも法改正直前の平成5年には約8万件ありました。これが法改正のあった平成6年には一気に約1万6千件に激減し、現在では約8千件まで減っています。その大きな原因は、権利期間が短くて不安定な実用新案権を嫌った大手企業が、いわば実用新案に「見切り」をつけ、技術的思想の創作の保護を特許制度に大幅にシフトさせたからです。
このため、実用新案制度の利用者の大半は、現在、中小・ベンチャー企業や個人発明家となっています。一方、わが国の特許を巡る環境に何が起こったかというと、年間出願件数は年々増加し続けて約40万件を超え、特許の審査順番待ち期間が26ヶ月、審査順番待ち案件が50万件となってしまいました。それゆえ企業においては、出願した発明が特許になるかどうかすぐに判断できないため、結果的に見込みのない分野の研究に労力を注ぎ込まねばならず、有望分野の研究開発に集中できない、という不利益を生じていました。また、諸外国からは、わが国の特許審査が非常に遅いので何とか速くして欲しいという強い要請を受けてきました。

そこで特許庁は、特許審査迅速化のための法改正の一環として、実用新案法の抜本的な見直しを行いました。改正された実用新案法(平成16年6月4日公布、平成16年法律第79号)では、これまで特許で出願されていたものの一定割合が実用新案に流れ込むことを期待して、実用新案制度の魅力向上を図っています。無審査で登録される実用新案登録出願の比率が増えれば、その分だけ特許庁の審査負担が軽減され、特許審査の遅れが解消されると予測したからです。今回の法改正では以下の3つの点が変わります(いずれも平成17年4月1日以降に行われる出願から適用)。
(1)実用新案登録に基づく特許出願制度の導入
実用新案登録出願の後に特許出願に変更する制度は従来もありましたが、今後は実用新案登録に基づいて特許出願を行えるようになります。実用新案権の成立後でもそれを特許権に「格上げ」できる途があるということです。この出願ができる期間は原則として出願から3年以内ですが、技術評価請求や無効審判請求があった場合にはさらに時期的な制限が加えられます。また、特許権との並存を避けるため、実用新案権については放棄する必要があります。ではこの制度はどんなときに活用すべきでしょうか?例えば、実用新案権の設定登録後に審査を経た安定性の高い権利を取得したい場合、あるいは、より長期の権利期間を確保したい場合などに有効でしょう。
(2)実用新案権の存続期間の延長
これまで出願日から6年であった実用新案権の存続期間(権利期間)が10年に延長され、短ライフサイクルの考案を保護するのに十分な権利期間が確保されます。また、第1年~第6年の登録料も引き下げられ、全体的に特許料よりも安価に権利を保持できるようになります。よって、特に中小・ベンチャー企業や個人発明家の利便性が向上します。
(3)訂正の許容範囲の拡大
これまでは請求項を削除する訂正のみが可能でしたが、今後は特許法における訂正と同様に、実用新案登録請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りょうでない記載の釈明の訂正も可能となります。ただし、請求項の削除以外の訂正は一定期間内に一回のみ認められます。期待される効果としては、技術評価書の内容や無効審判請求書の内容を見た上で、自己に有利になるように実用新案登録請求の範囲の減縮等の訂正ができるようになります。その結果、実用新案権の柔軟な維持・管理が可能になります。
以上3点の改正は確かに利用者に有利な内容となっていますが、無審査なので権利が不安定という点については従来と何ら変わりありません。しかも、今回の改正では考案の対象を「方法」や「ソフトウェア」まで拡大すべきとの議論もなされましたが、結局見送られてしまいました。このため、特許庁が一番利用して欲しい大口の「お客さん」である大手企業の利用の増加について、疑問視する意見も少なくありません。ただし、積極的な権利化を望まず技術公開等を主目的とする防衛的な出願のうちの一定の割合を、特許から実用新案に流す可能性はあるでしょう。
今回の実用新案制度の改正を先の「ニュー鳥あえずセット」にたとえるなら、さしずめ「生ビール+鳥料理3品」にグレードアップした、といったところでしょうか?魅力を感じるかどうかは人それぞれでしょう。いずれにしても利用客がどの程度増えるのかを見守っていきたいと思います。
弁理士 渥美 久彦