トップには経営の分かる人を
企業においては、知財関係のトップには知財の専門家でなく、経営の専門家を置くべきです。いわば知財管理にも文民統制をすべきです。
多くの会社では知財関係の部署の人たちを人事異動させず、そこに一度配属したら専門家になるように時間をかけて育成し、甚だしい場合には入社後定年退職まで知財部に配属している。そのような人達は永年知財の仕事に従事することになるので、当然のことながら知財のことは詳しくなり専門家になる。現代の知財の法律は複雑怪奇であり、専門家でも細部まで完全に掌握するのは難しい。だから会社で専門家を養成しようとするのは正しい。しかしその知財の専門家が経営も分かるとは限らない。
会社内においての知財部の仕事は、特許、意匠、商標、デザイン、著作権などを保護するとともにそれらを活用し、会社の発展に寄与することです。海外との競争がますます激しくなる昨今、知財の理解なくして会社経営は成り立たない。
ところが知財活動を知財専門家のみに任せておいてはよくない。文民統制が必要です。
文民統制とは英語で言うシビリアンコントロールのことで、「軍隊の指揮権が文民によって統制されていること。また政治の軍事に対する優位を定めた制度」(広辞苑)です。知財専門家は軍人のようなもので、専門知識はあるが、視野が狭く、会社全体のことを考えず、ついつい自己の力を使いたがり、会社利益を損なってしまいます。
つい最近も次のようなことがありました。
小生は米国特許を所有している中小企業の代理人として、某大企業の知財部と交渉しました。大企業に対し米国特許権を尊重し、特許の実施料を支払えと交渉しました。最初は知財部長と交渉しました。その部長は弁理士でもあり、もちろん知財の専門家であります。専門家でありますから、プライドも高く「天下の大企業が中小企業なんぞに実施料を支払えない。支払ったら知財部長として能力を疑われる。」といった態度で、交渉は長引きました。そして米国特許庁に無効審判を請求してきました。米国での無効審判は請求するのも、それに答弁するのも大変な費用がかかります。依頼者である中小企業も費用負担が大変で疲弊してきました。相手の大企業でも費用負担は軽くはなかったはずです。紛争が長引くと得するのは米国の特許弁護士だけで、両社ともにマイナスです。知財部長との交渉は膠着状態に入りました。そんなあるとき大企業の知財担当取締役の訪問を受けました。彼は知財部長の上司に当たりますが、知財の専門ではなく、経営の専門家でした。彼が言うのは、お互いメンツを捨て、大企業の方から若干の実施料を支払うので、係争を終結したいというものでした。まさに大人の解決案です。この解決案は、こちらの中小企業にもメリットがありましたので、受諾しめでたく交渉が成功しました。この解決はこちらの会社のみが勝者ではなく、両社が勝者です。知財の専門家である知財部長の知恵を超えた大人の解決です。いわば知財部が軍隊とすると、それを統制する文民の重要性を痛感させられました。
現在多くの大企業は知財部長の上に、あえて知財の専門家でない取締役を配置しております。これは経営の文民統制といえましょう。中小企業においても、知財の専門家である弁理士とか弁護士に任せきりにせず、最後は社長が決断すべきでしょう。
特許庁では「知財支援ガイド」を発行し、中小・ベンチャー企業のための各種支援をしております。この支援を受けるにしても、文民統制が必要です。支援を受けることは受ける会社にとって得することですから、どうしても知財部員は受けようとします。しかしそこでは経営サイドから検討をすべきです。例えば特許出願は早く権利化すればよいというものではありません。早く権利化しようと思えば、審査請求料の出費がかさみます、仮にその審査請求料の一部減免を受けたとしても出費が伴うことには変わりません。ライバル企業の動向、自社の販売計画を加味しながら、慎重に進めるべきでしょう。また海外へ出願したいとして、費用の一部の助成を受けることもいいでしょう。しかし海外出願には助成金だけではとても充足できないような多額の費用がかかります。ここでも自社の海外への進出計画、販売計画を加味しながら慎重に検討すべきでしょう。このように経営と絡ませて知財戦略は考えるべきです。知財は経営に役立てるものであって、知財部員の自己顕示のためのものではないのです。知財部員を統制する文民の登場が必要なのです。
弁理士 足立 勉