妻の美咲から「サトウは自分の特許の餅を作って売っただけなのに、なぜ特許の侵害だと責められるわけ?!」と詰め寄られた草太君。さて、どのように切り抜けるか。特許の理解のヒントになりそうです。
「まず、どうしたら特許侵害になるかを説明するから、よ~く聞いてよ。実は簡単。販売や製造している製品が、特許公報の【特許請求の範囲】のところに記載された内容を含んでいたら特許侵害だよ。」
「でも、この公報の【特許請求の範囲】の中には、【請求項1】と【請求項2】の二つの欄があるけど…。」
「ふつうは【請求項1】だけを見ればいいよ。でも、その公報は『特許公開公報』だから、だめだ。『特許公報』の方を見なくちゃ。」
「あら、違うの?紛らわしいわね。」
「『特許公開公報』は、こんな発明が出願されたよ、ということ。玉石混交で、特許にならないものも一杯ある。『特許公報』は、実際に特許になった発明だから、こちらが重要さ。
さて、【請求項1】を読んでみると、越後の特許は要するに、四角い切り餅の側面に切り込みが入っているという発明だよね。」
「そんなことは、判っているわ。でも越後の餅は横に1本の切り込みを入れただけなのに、サトウの餅は横の切れ込みが2本だし、上に十字溝もあって、全然違うじゃないの。」
「君は、さっき僕が言ったことをもう忘れたの?『特許請求の範囲のところに記載された内容を含んでいたら特許侵害』と言った筈だよ。だから、サトウの餅が四角い切り餅で、側面に切れ込みがあったら特許侵害だ。
サトウの餅は四角い切り餅だし、上面にも十字溝があるけど、側面に切り込みがあることは、否定できない事実でしょ。側面の切り込みが2本か1本かは関係がない。側面の切り込みがあったらと言っただろ。」
「そんなに偉そうに言わなくても。だったら、最初から『他の違うところがあったとしても、特許請求の範囲のところに記載された内容を含んでいたら特許侵害』と親切に言って欲しいわ。でも、私がオカシイと思うのは、サトウは特許を受けたんでしょ。その特許の餅を作ったのに特許侵害になることよ。だったら、最初から特許にしなきゃいいじゃない。」
「特許にする基準と、特許侵害になる基準とが違うから、しょうがないよ。自分で特許を取った物を作ったとしても、他人の特許を侵害することは十分にありえるよ。他人の特許を侵害する関係になっている物には特許を与えないとしたら、アップルはiPadの特許を絶対にとれないね。中の部品は、他人の特許の塊だからね。
新しい技術は、いつも他人の技術を利用したり改良したりしてできてゆくよね。その新しい技術の一部が特許になるんだから、いつも特許は他人の特許に一部が重なるようにして成立してゆくんだよ。だから、新しい技術を開発したとしても、常に、その前にある他人の特許にも注意が必要だね。」
「じゃ、サトウは後から特許をとっても意味がないのね。」
「いや、そうでもない。まず、さっき言ったように、サトウは自分の十文字溝付きの餅で特許を取っても、越後の特許が邪魔になって自分の特許の餅を作れないよね。でも越後も、十文字溝付きのサトウの餅は、サトウの特許の侵害になるから、作れない。つまり、十文字溝付きのサトウの餅は両方とも作れない。ここで、もしも消費者が越後の餅ではなく、十文字溝付きのサトウの餅のほうが好きなら、越後は売上が増えない。そうすると困るから、越後は、自分の特許をサトウに使っていいよという代わりに、サトウの特許をつかわせてもらう。
これはクロスライセンスと言う手法で、結局、これによって両方とも十文字溝付きのサトウの餅を作れるようになる。この手があるから、サトウが後から特許を取ることも、十分に意味があるんだ。」
(次回に続く)
弁理士 後呂 和男