1.「ノーテル特許」の落札額
この夏、破産したカナダ・ノーテル社が保有していたWi-Fiや次世代携帯通信規格に関する特許群についての入札案件において、アップル、マイクロソフト、リサーチ・イン・モーションなどの企業連合が、グーグルの当初応札予定額の約5倍にもなる45億ドルで落札しました。急速にシェアを伸ばすアンドロイドOSに対して危機感を持つ非アンドロイド連合が、グーグル阻止のために非常に強い意志表示をしたと言えます。 45億ドルという最終落札額に客観性は無いかもしれませんが、落札企業連合にとってのノーテル特許群の価値は、45億ドル以上あったということです。 このような知財に対する評価はどのように決まっていくのでしょうか。
2.知的財産評価
特許権などの知的財産の価値評価の手法には、大きく分けて、(1)同様の知的財産を取得するためのコストを当該知的財産の価値と考える「コスト・アプローチ」、(2)類似取引例を参考にする「マーケット・アプローチ」、(3)当該知的財産から将来的に得られると考えられる利益を推定して積み上げる「インカム・アプローチ」の三つがあります。 ところで、「独占排他権」という点で知的財産権と似通う不動産(物権)の鑑定評価では、路線価を代表例とするような近隣類似取引例を参考にする「マーケット・アプローチ」を主流に、当該不動産を賃貸しした場合の賃料収入を積み上げた「インカム・アプローチ」なども用いられているようです。しかしながら、賃料収入を想定する手法でも、想定される賃料は近隣賃貸価格を参考にしているのであり、類似取引例を参考にしているものと考えられます。 このような不動産鑑定(評価)と知的財産の評価とが異なるのはどのような点でしょうか。 不動産鑑定の多くは、既になされた別の評価を前提として用い、転売価格又は類似賃貸収入を前提にして評価しています。これに対して知的財産は、基本的には、類似する取引例は考えられないということを前提に評価をする必要があります。知的財産(例えば「発明」)は、今までに無い新規なものであるからこそ権利が付与されるのですから、知的財産については本質的には類似する取引例は考えられないと考えられるからです。また、不動産と異なり一つの製品に複数の知的財産が成立し得るので、他の知的財産との優劣などを考慮しなくてはなりません。そして、特定の場所や物に縛られない無形資産である知的財産はその活用形態が多様に考え得ることも考慮する必要があります。このような特殊な事情から、どのようなビジネスモデルに組み込まれるかによって、知財の意義は大きく変動します。知財は、個別具体的な事業計画を前提にしてその価値の確からしさが定まるものと言えます。 スマートフォン市場の一層の拡大を見越した既存プレーヤーは、自社の具体的な事業計画を前提にして、必要なキーテクノロジーが何かについて検討し、その上でノーテル特許群の価値を評価しているはずです。そして、45億ドルを払っても価値があるほど、事業計画を遂行するのに譲れないキーテクノロジーを含んでいると見たわけです。一方で、別の企業が保有するとなれば、その事業計画が同じでない限り、その価値も異なってきます。
3.「弁理士会知的財産価値評価推進センター」の活動内容
日本弁理士会には付属機関として「知的財産価値評価推進センター」(以下「評価センター」)が設置されています。評価センターの活動目的は大きく分けて、(1)知的財産の価値評価に関する調査・研究、(2)知的財産価値評価を行う評価人候補者の育成、です。「知的財産の価値評価」については様々な分野での研究を進めています。譲渡時価額、ライセンス料算定、担保評価価額などについての金銭的評価を行う場合の他にも、ライセンスやアライアンスの可否判断、知財IRなどについての非金銭的評価を行う場合などにおける知的財産の評価手法について研究も行っています。その成果は弁理士会内外にフィードバックされています。 また、弁理士会外からの依頼に応じてあらかじめ登録された評価人候補者の中から特定の「評価人」を推薦し、この評価人が各種の知的財産評価を行う「評価人制度」が設けられています。評価センターでは評価人候補者向けの専門研修を年間数十コマ用意して評価人候補者の能力向上に努めています。現在、約300名の評価人候補者が登録されています。これまでは、裁判所が扱う事件に関する知財の金銭的評価の鑑定依頼の割合が大きかったのですが、今後は、ノーテル特許の落札の是非判断のように、経営戦略支援の一環として行う知的財産評価の割合が増加するものと考えられます。このような知財評価は知的財産経営や知的資産経営において重要な役割を果たします。
日本弁理士会 知的財産価値評価推進センター
副センター長 弁理士 村山 信義