1993年12月29日に発効した生物多様性条約(CBD)の締約国会議が今年で10回目となり、第10回締約国会議(COP10)が10月18日(月)~29日(金)に名古屋市で開催されます。
生物多様性条約は、遺伝資源の主権的権利を各国が有することを確認し、自国による遺伝資源の持続的利用を図ることを規定しています。2010年5月現在193カ国が加盟しており、日本も発効時から加盟し、先進国では一番に自主的に「遺伝資源へのアクセス手引」(経済産業省および財団法人日本バイオインダストリー協会(JBA))を作成し、法を遵守しています。なお、米国は先進国では唯一未だ未加盟となっており、今後も加盟の目処は立っていません。
生物多様性条約の目的は3つに大別され、具体的には1)生物多様性の保全、2)生物多様性の構成要素の持続可能な利用、3)遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(Access and Benefit Sharing, ABS)からなります。第1,2の環境保全の目的が一般によく知られていますが、産業界との関係が深いのは第3の目的です。
第3の目的であるABSは、例えば資源利用国(主にEU、日本等の先進国)のバイオ企業が遺伝資源へのアクセスにより儲けた利益を資源提供国(主にブラジル、インド等の発展途上国)に適切に還元すべきである、との資源提供国側の主張により盛り込まれた規定です。利益の適切な配分が環境保全の資金調達のために必要であることは明らかではあるのですが、資源提供国と資源利用国の間で利益配分を巡る対立が続いています。
ブラジルやインドを始めとする主要な資源提供国は独自のABS法を既に制定しており、かかる国で遺伝資源へのアクセスや遵守に違反した者は、行政処分、刑事罰、特許出願の拒絶・特許の無効等の制裁を課されることになります。
この利益配分には、条約上には具体的な規定がないため、途上国が国際的制度(International Regime, IR)の策定を強く求めており、例えば遺伝資源アクセスへの事前同意(PIC)や相互に合意する条件(MAT) を定めた国内法に対する、利用国における遵守のあり方がCBD締約国会議での交渉上の争点となっています。
ちなみに、遺伝資源の出所開示義務は去年10月に中国が第三次専利法改正で導入したことが記憶に新しいですが、特許出願への遺伝資源の出所開示義務は専門性が高い内容であるため、CBD締約国会議では国際的制度の文脈で大まかに議論されるに留まり、具体的内容の議論はWIPO政府間委員会やWTO理事会等で行われています。
2008年5月にドイツのボンで第9回締約国会議が開催された後、第10回の締約国会議に向けて、これまでABS-WG7~ABS-WG9の3回のABS作業部会、TEG1~TEG3の専門家会合、および数回の非公式会合が開かれました。
去年11月のカナダのモントリオールABS-WG8作業部会にて、加盟国全ての要求を盛り込んだ国際的制度についての3,400箇所の括弧付きの留保事項が含まれた全61頁からなる未交渉のオペレーショナルテキストが作成され、これまで対立が激しくて硬直状態であったところから一歩前進しました。
しかし、たった2週間程度の次回名古屋でのCOP10でそのような膨大な量のオペレーショナルテキストの争点を一つ一つ議論し、全加盟国の合意が得られる国際的制度を確立するのはまず不可能であるため、今年3月のコロンビアのカリで行われたABS-WG9作業部会では、より内容を集約した16頁からなる議長テキストを初めて議定書草案の形で作成し、これをベースに各国の代表者による議論がなされました。しかし、会合半ばで対立が激しくなり交渉が難航し、日本が資金拠出を申し出て、7月にABS-WG9作業部会の2回目を急遽行うことでとりあえず難局を回避する事態となりました。この7月の追加の最後の作業部会を経て名古屋COP10に臨むことになります。
以上のことからすると、COP10で全加盟国が国際的制度策定の詳細なレベルでの完全な合意に達するのは難しく、議定書の形での大枠の合意に達するか、あるいは大枠の合意に達することもできないが何らかの形での成果を文書として残し次回以降の交渉のベースとするか、等が考えられますが、結果を予断することが困難な状況にあります。
今後もバイオは注目すべき分野ですし、各加盟国での国内ABS法の整備も進んできており、産業界との関わりで生物多様性条約の重要性は増すでしょう。COP10名古屋では本会議以外に種々の国内セッションも行われます。名古屋で締約国会議が行われるこの機会に興味を持つ方が増えれば幸いです。
日本弁理士会 バイオライフサイエンス委員会
副委員長 弁理士 池上 美穂