1.中小・ベンチャー企業における「知的財産経営」の意義
我が国の産業競争力を向上させるための国家戦略の一つとして「知的財産推進計画」が2003年に策定され、その後、毎年のように改訂作業が行われ、本年3月30日には「知的財産推進計画2010」として改訂されています。「知的財産推進計画」中の重点推進項目には、法制度の整備、関連行政庁の運営体制整備、特定分野での重点支援、支援人材の育成などが盛り込まれています。
このような国等の施策に呼応するように、民間企業側の経営戦略手法としてクローズアップされてきたのが「知的財産経営」です。
「知的財産経営」の明確な定義はありませんが、「知的財産を重視した経営」とか「経営資源の一つとして知的財産を組み込んだ経営手法」のように言われています。有形資産と比較して、企業の競争力の源泉としてその役割が高まっていると考えられる「知的財産」を経営資源としてより重視していこうとする考え方であり、品質・コストを競争力の源泉としてきた我が国企業の従来の経営戦略を変える一つの考え方として捉えられています。
ここで「知的財産を重視した経営」とか「知的財産を組み込んだ経営」などと表現されていますが、具体的にはどのようなことを行えば良いのか、特に中小・ベンチャー企業の経営者にとっては、まだまだ分かり難いものと思われます。
「大企業の知的財産経営」であれば、市場の将来性等の市場評価を踏まえたある程度明確な事業計画が存在し、この事業計画を支えるための研究開発ロードマップが策定され、研究開発の成果物の権利化を中心とした知財ポートフォリオ構築が実施されていきます。事業計画の実行をカバーしていく知財群を、多くの場合自社研究開発の成果を中心にして取得していくという手法をとっていきます。
ところが、中小・ベンチャー企業では、中長期に渡る明確な研究開発ロードマップや、多数の知財群を備えて事業計画が策定されていることはほとんどありません。現時点で保有する少数の自前の知財を中心にして事業計画が遂行されます。一方で、中小企業等が攻めるニッチ市場では、多数の知財群は成立しておらず(というよりも知財を持っている企業が少ないのでニッチになりやすいということですが)、ここでは個々の知財の相対的な重要性が高まることになります。
このように、大企業の知的財産経営では多数の知財で事業をカバーするため、知財の「量」がある程度重視されるのに対し、中小企業等では事業に関連する知財の数が少ないので、個々の知財の「質」の重要性が増すということになります。そして、ここでいう知財の「質」を確認するためには、実施しようとする事業との関係においては「自社知財は事業を本当にカバーできているのか?」「自社知財は有効なのか?競合企業によって無効にされることはないのか?」「まだ出願中の特許は権利化されるのか?」「競合の持っている知財はどの程度評価すべきなのか?」などの点が明らかになっている必要があります。よくある傾向ですが、「ライバル会社が○○件特許を持っているから我が社も同じくらい…」という数を中心とした知財戦略は過去のものであり、特に中小企業等では、事業計画を担保できる知財の「質」を意識した知財戦略を考えていかないと、「質」の面での弱みを競合につけ込まれることになるおそれがあります。
2.「知的財産経営」に対する弁理士の役割
弁理士は、このような知財の「質」に関する専門的な業務を常日頃から行っています。例えば、特許の権利範囲を見定めて、特定の製品がその権利範囲に含まれているかどうかを判断します。また、権利化前には出願されている特許が特許庁に認められるかどうかの見込みを、権利化後には特許が無効にならないかどうかその有効性を判断します。これらの業務は、従来から弁理士の最も得意とするところであります。
しかしながら、これらの従来業務の能力や経験を基にして、企業の事業計画と知財との結びつきをよりいっそう的確に把握する能力・ノウハウを身につけたり、様々な分析ツールを提供するために、弁理士会では各種の附属機関・委員会の活動が実施されています。そして、これらの能力等を活用して、自治体や特許庁等が主催する中小企業支援事業への参画や個々の中小企業支援も活発に行われ始めています。
「知的財産経営」を支援する弁理士会の附属機関・委員会 (日本弁理士会本会) ・知的財産支援センター ・知的財産価値評価推進センター ・知財流通・流動化検討委員会 ・知財経営コンサルティング検討委員会 (日本弁理士会東海支部) ・知的財産支援委員会 |
日本弁理士会知的財産価値評価推進センター
副センター長 弁理士 村山 信義