皆さんは、昔から使っている商標ならば、あえて商標登録をしなくても、既得権として自由にその商標を使い続けることが可能であると思っていませんか。
実は、そうとは限りません。たとえ昔から使い続けている商標であっても、その商標と同一又は類似の商標が他人に登録されてしまうと、以後、使用を継続するためには、幾つかの条件をクリアしなければならなかったり、あるいは、使用できる範囲が制限されてしまう場合があるんです。
今回は、そんな皆さんの誤解を解消すべく、古くから菓子店を営んでいる店舗での商標使用を例として、これを菓子店と弁理士との会話形式で解説したいと思います。
菓子店
私は、昭和の時代から菓子店を営み、菓子の名前の商標と店舗の名前の商標を40年間使い続けています。この場合、長年使っていることに対し既得権が認められるので、今さら商標登録をする必要はないですよね。
弁理士
残念ながら、その商標と同一又は類似の商標が他人に商標登録されてしまうと、それ以後、無条件に使い続けることはできなくなってしまうこともあり得ます。つまり、たとえあなたがその商標を使い始めた後に他人が商標登録したとしても、その商標権者から、その商標の使用を差し止められるようなケースも起こり得ます。
菓子店
それじゃあ、他人に商標登録されてしまうと、私が商標を使用してきた事実に対し、既得権はまったく認められないのですか。
弁理士
まったく認められないわけではありませんが、既得権が認められるためには、一定の条件をクリアする必要があります。なお、この条件は、菓子の名前の商標(いわゆる商品商標)と店舗の名前の商標(いわゆる小売等役務商標)とで異なりますので、それぞれについて考える必要があります。
菓子店
では、菓子の名前の商標に認められる既得権はどんなものですか。
弁理士
商標法では、先使用による商標を使用する権利というものが認められていて、他人が商標登録出願をする前から商標を使用していた場合、その者は商標登録をしていなくても保護されることになっています(商標法第32条)。ただ、この保護規定は、他人の商標登録出願前から商標を使用していれば無条件に保護されるわけではなく、そのほかにも条件が課されていて、この条件をクリアすることが非常に難しいといえます。
菓子店
では、そのほかの条件って、どんな条件なのですか。
弁理士
その条件とは、周知性を獲得していること、平たく言えば、あなたがお菓子の名前として使っている商標がかなり有名になっていることが必要です。
菓子店
なんだ、有名になっていればいいのですか。ならば、私のお店のお菓子は、近所で評判になっているので、この条件を満たしていますね。
弁理士
残念ながら、周知とは、お店の近所で有名になっている程度では足りません。必ずしも全国的に有名であることまでは要求されませんが、少なくとも一地方で相当有名になっている必要があり、このハードルは非常に高いと考えてください。
菓子店
具体的にどの程度有名になっている必要がありますか。
弁理士
この周知性が認められるために要求される証拠としては、商標を使用する商品・役務(サービス)、その商品・役務の取引の実情等により異なってきますので、一概には言えませんが、例えば、テレビCMで宣伝した事実、雑誌・新聞等により相当の量の広告をした事実、販売数量や売上高がその業界でずば抜けていることなどを立証しなければなりません。
菓子店
えっ、そんなに大変なのですか。では、今後もそのお菓子の名前の商標を安全に継続して使っていくためにはどうしたらいいですか。
弁理士
そのお菓子の名前の商標と同一又は類似の商標が他人に登録されてしまう不都合を解消し、以後、安心してその商標を使用し続けるためには、やはり商標登録しておくことが一番かと思います。
菓子店
それでは、お店の名前の商標の場合はどうですか。
弁理士
実は、商標法が小売店舗の名前として使っている商標などを小売等役務商標として登録の対象としたのは、平成19年4月1日からであって、つい最近のことです。そして、商標法は、平成19年4月1日以前から店舗名などとして使っている小売等役務商標について、以後もこれを継続的に使用する権利を認め保護することにしました。従って、仮にあなたのお店の名前と同一又は類似の商標が小売等役務商標として他人に登録されてしまっても、以後、その店舗名の商標を使い続けることができる権利が保障されることになります。
菓子店
ということは、平成19年4月1日より以前からお店の名前として使っている商標は、商標登録しなくてもよさそうですね。
弁理士
基本的にはそのとおりです。ただ、この継続的使用権は、あくまで小売等役務商標に対しての継続的使用権なので、例えば、商品等について商標の登録を受けている商標権者に対して主張することはできません。さらに、この継続的使用権は、先程でてきた周知か否かによって、その範囲が異なってきます。具体的には、そのお店の名前の商標が周知となっていない場合、継続的使用権は、平成19年4月1日に行っていた業務の範囲内に限って認められることになります。例えば、そのお店の名前の商標と同一又は類似の商標について他人に商標登録されてしまった場合、あなたが平成19年4月1日の段階で、名古屋でのみお店を営んでいたのであれば、その名古屋のお店の名前として商標を継続的に使用することは認められますが、その後業務範囲を岐阜県や三重県などに拡大したとしても、その岐阜県や三重県において、同じ店舗名の商標を使うことは認められないことになってしまいます。
菓子店
そうすると、店舗名の商標のような小売等役務商標も安心して使用し続けるためには、やはり商標登録しておいた方が良さそうですね。
弁理士
そうなります。いずれにしても、長年使用し、お客様にせっかく憶えてもらった商標が突然使用できなくなるという事態は避けたいものです。そういう意味では、少なくとも主力商品に用いる商標、あるいは小売業を営んでいる店舗名の商標といった特に重要と思われるものは、商標登録しておくことが得策であると考えます。
弁理士 伊藤 浩二