昨年11月にこのコラムで医療関連行為の一部の技術(例えば遺伝子治療のための細胞処理技術)が特許の対象になったことをお伝えしました。今回は一歩話を前に戻し、特許制度が医療行為をどのように扱ってきたかをお話しします。前回、日本その他の多くの国では、手術方法等の医療行為は「産業上利用できる発明」に該当しないとの理由で(原則として)特許を認めていない旨をお話しました。
その心は、そもそも特許制度は経済活動に関わる産業の発達を意図した制度であり、医業を一般産業と同一視することに違和感があるということです。例えば、病気の治療方法にも特許が付与され得るとなれば、お医者様は絶えず、自分が患者に施そうとする最新の治療が特許侵害になるのではないかと恐れることになり、治療行為が萎縮して患者が適切な治療を受けられないこともあり得るわけです。もし私的な権利である特許権が患者救済の障壁になるとすれば、人道的にみて著しく不当ではないかと考えるわけです。
このように人道的な価値判断があって、医療行為は特許しないとの慣例(法運用)があったにもかかわらず、医療関連の一部技術が特許解禁となったのは、単に技術進歩や社会情勢の変化がそうさせたというだけではない面もあります。即ち特許法自体が、医療行為に対してはある程度含みを持たせた法律になっていると考えられるのです。
実は特許法には、産業上利用性の規定(第29条)とは別に不特許発明の規定(第32条)があり、そこには絶対に特許しない発明というものを定めています。現在では公序良俗又は公衆衛生を害する発明だけが不特許発明となっており、第32条では医療行為については一言もふれていません。医療行為は特許しないとの扱いは専ら、別の条文である第29条の解釈論に依拠してきたわけです。ですから、法律の解釈・運用が変われば、つまり特許庁が従来の取扱いを改めれば、法改正無しでも医療行為は広く特許される可能性があります。
しかしながら、医療関連行為全般について特許を解禁することには依然として慎重論や反対論が根強く残っており、医療関連の一部技術が特許可能となったのも、従来の法運用を一部緩和したというのが真相です。この流れが更に拡大していくのか、それとも一定の歯止めがかけられるのか、今後の動向を注視する必要があります。
総務委員会 弁理士 服部 素明